第2話:背筋を伸ばす朝|成功へのプロセス
- 団長
- 8月23日
- 読了時間: 4分
プレゼンは通った。拍手が鳴った瞬間、彼は胸の中でだけ小さくガッツポーズを作った。だが浮かれは一瞬だ。会議室を出ると、廊下の窓から射す白い光が、「次の段取りは?」と問いかけてくる。成功はイベントではなく、プロセスで回る。そう決めたのは、あのサロンに通い始めてからだ。
1|型を作る
翌朝、彼は鴨川沿いを二十分だけ歩いた。走らない。呼吸を整え、背骨をまっすぐにするだけ。帰宅してノートを開く。ページの上部に線を引き、三つの欄を書く。
仕事の成果
習慣の達成
人との関係
それぞれに〇か△をつけ、短いメモを一行ずつ。「資料は締切の二日前に提出。〇」「夜のスクロールを15分でやめられず。△」「新規先の担当と次の打合せ設定。〇」
満点は目指さない。七割を積み上げる。それが彼の“型”になった。
2|環境を整える
週末、彼は四条烏丸の「Kyoto逡巡ノ夢」に向かった。完全予約制の静けさに、扉を閉める音が吸い込まれていく。担当のスタイリストが言う。「前髪、あと3ミリ切っても大丈夫です。目が真っすぐ見えるはず。」「お願いします。」
鏡越しに目が合う。彼は気づく。髪の向き一つで、会議室の空気が変わることを。仕上げの前、スタイリストが小さなブラシで襟足を払う。「次は二週間後。案件の節目に合わせて整えましょう。」「はい。そこで一度、計画を見直します。」
会計のあと、奥のゴルフシミュレーターで十球だけ打つ。二球目から八球目までを“検証”、最後の二球を“本番”。スクリーンに残る数字は、彼の仕事の指標と重なる。無駄な力を抜く。狙いを一つに絞る。続ける。
3|小さな勝ちを拾う
三週間後。新規クライアントとの最初の打合せで、彼は資料の順番を変えた。冒頭で語るのは機能や価格ではなく、「相手が達成したい“来季の絵”」。相手の部長が一度椅子に深く座り直し、ペン先を止めた。その合図を見逃さない。「このページ、次に詳しく見せてください。」打合せはそのまま実質の第二回へ滑り込み、帰り際には日付が二つ決まっていた。
オフィスへ戻る前に、彼はサロン近くの喫茶でノートを開く。「今日の勝ち:冒頭の順番。相手の“絵”を先に置く。」次のページに大きく線を引き、また三つの欄を書く。
捨てること
任せること
深く掘ること捨てる:装飾的な言葉。任せる:図の清書。深く掘る:導入後の運用設計。
4|壁に当たる
順風に見えて、四ヶ月目に最初の大きな壁が来た。提案は通るのに、契約が遅れる。社内の承認が進まない。焦りが夜に滲み、スマートフォンの光が長くなる。ノートの△が増え、朝の歩きが一日、二日と途切れた。
金曜の夕方、彼は予定にないままサロンの空きを確認した。たまたま、一本だけ空いていた。「今日は整えるだけでいいです。」シャンプー台で目を閉じると、頭皮をなでる水音に、散らかった思考がほどけていく。席へ戻ると、スタイリストが言った。「伸びるのは髪だけじゃないですよ。余白も伸ばしましょう。」彼は笑う。「余白、ですか。」「はい。動かさない時間を決める。そこに大事なことだけを置く。」
帰り道、四条通の風は秋に変わっていた。彼はノートを開き、ページの一番上に書いた。「余白の設計。」夜はメールを送らない。代わりに翌朝の “先手” を三つだけ用意する。月曜の朝、先に電話を入れる相手、最初に送る資料、先に伝えるリスク。
5|跳ねる瞬間
余白を作った週、初めて“向こうから来る連絡”が重なった。「先週のお話、社内で前向きに進みました。」「もう一社、ご紹介したい。」同僚の若手からもメッセージが来た。「今度、提案の組み方を教えてください。」
彼は資料のテンプレートを整理し、教えるためのスライドを十枚つくった。人に教えることは、自分の型の点検になる。講義の最後に若手が言った。「ありがとうございます。最後の一枚が一番効きました。」最後の一枚――彼が最近加えたスライドだ。《次の一手:今日決める三つ》会議の終わりに、参加者それぞれが三つずつ宣言して退室する。空気が前に進む。
6|小さく祝う
金曜の夜。彼は再びサロンに立ち寄った。「今日は、整えて、少しだけ遊びを。」スタイリストは前髪の角度を一度だけ変え、艶を抑えたバームを薄く伸ばす。「来週、写真を撮る機会があるんです。」「ライトが強い場所なら、このくらいでちょうど良いです。」仕上がりを鏡で見て、彼は小さく息を吐く。成功はイベントではない。けれど、プロセスの途中で“節”は必要だ。ここはいつも、その節を刻む場所だ。
帰り際、次回の予約を入れながら彼は言った。「月末の前に、一度。」「承りました。仕上げにエスプレッソ、いつものですね。」「はい。いつもの。」
7|次の扉
月末。大きな契約が一本、決まった。社内のチャットに「おめでとう」のスタンプが並ぶ。彼は短く礼を返し、手帳の新しいページを開いた。ページのタイトルは、最初に決めてある。《次の課題》
再現性のあるチームの型を作る
お客様の成功事例を可視化する
自分の体力を三ヶ月だけ底上げする
窓の外、四条烏丸の空が薄く暮れていく。スマートフォンのカレンダーには、二週間後の予約が光っている。Gentleman――身なりを整える儀式は、ただの習慣ではない。背筋を伸ばし、余白をつくり、次の一手を決めるための“基地”だ。
彼は椅子から立ち上がる。成功へのプロセスは、今日も静かに回っている。次の扉は、もう手の届くところにある


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